血圧を1目盛(2mmHg)下げるだけで、 循環器病で死ぬ日本人が約2万人減ると予測
日本人の死因の第2位は心臓病、第3位は脳卒中ですから、非常に多くの方が心筋梗塞や脳卒中(循環器病)で亡くなっています。また、慢性腎臓病(CKD)が中高年者に多いことも、最近、大きな社会的問題となっています。
これらの病気は血管の病気で、その主な原因は動脈硬化です。心臓の血管が動脈硬化を起こすと狭心症や心筋梗塞になり、脳の血管に動脈硬化が起こると脳卒中になり、腎臓の血管が動脈硬化を起こすと腎臓の機能が低下するのです。
動脈硬化の原因としては、高血圧、高コレステロール血症、糖尿病、喫煙などが知られていますが、このうち最も患者さんが多いのが高血圧です。
高血圧は症状がほとんどないので、健診などで指摘されても、治療を受けずに放置している方が多いと思います。しかし、血圧を高いまま放置していると、いずれ心筋梗塞や脳卒中を起こし、中には亡くなる方もいます(図1,2)。そこで、高血圧は「静かなる殺し屋:Silent Killer」と呼ばれているのです。
厚生労働省の「健康日本21」の試算をみると、日本人の血圧が1目盛(2mmHg)下がれば、脳卒中による死亡者は約1万人減り、循環器病で死ぬ人は2万人減ると言われています。ですから、高血圧を治療することは、健康で長生きするために、非常に重要なことなのです。


50歳代の高血圧患者さんの3/4は、 いずれ心筋梗塞や脳卒中を発症する予備群
現在、日本には約4,000万人の高血圧患者さんがいると言われています。血圧は加齢に伴って高くなるので、高血圧の人の割合は年齢層によって異なります。そこで、年齢層別に高血圧の割合をみると、50歳代では約50%が、60歳代では約60%が高血圧と言われています。
また、50歳代の高血圧患者さんは、動脈硬化の危険因子であるメタボリックシンドローム(メタボ)や高コレステロール血症、糖尿病、喫煙などを合併している方がほとんどです。これらの危険因子を複数もっていると、心臓病や脳卒中を発症する確率は相乗的に高くなります。
ところが、50歳代の高血圧患者さんのうち、治療を受けている人は約半分しかいません。さらに、安全域(高血圧学会が推奨している降圧目標:表1)まで血圧をきちんと下げている人は、治療を受けている人の約半分です。つまり、50歳代の高血圧患者さんの3/4は、いずれ心筋梗塞や脳卒中を発症する予備群といえます。
50歳代という働き盛りの時に、脳卒中や心筋梗塞、あるいは腎不全になると、たとえ命を失わなくても、一生大きなハンディーを背負って生きていくことになります。これは、家庭にとっても社会にとっても非常に大きな問題ですから、たとえ仕事がどんなに忙しくても、将来のことを考えて、きちんと治療を受けていただきたいと思います。

高血圧の原因の1つは、塩分の摂り過ぎ 塩分の摂取量は1日6gが望ましい
血圧が高くなる原因については、さまざまな仮説があり、確かな原因はまだ明らかになっていません。しかし、1つだけはっきり分かっていることがあります。それは、食塩の摂り過ぎです。塩分は体内に水分を溜めることで、血圧を上昇させます。
塩は生命の源です。そこで、塩の豊富な海から塩の少ない陸に上がった生き物は、塩の少ない環境でも効率的に体内に塩を貯めるシステムを進化させてきました。しかし現代のように、塩を豊富に摂取できる時代には、そのシステムが塩を溜め込み過ぎて塩中毒とも言える状態になっているのです。これが、高血圧になる根本的な原因の1つです。
塩の摂取量については、1日6gが好ましいと言われていますが、現在の日本人はその倍の約12gは摂取しています。ですから、高血圧と診断されたら、まず塩分の摂取量を少なくすることが大切です。
また、メタボの人は特に食塩を体内に溜めやすい体質をもっていることが、最近分かってきました。ですから、肥満の人は、カロリーだけでなく塩分の制限を行わないと、高血圧や糖尿病になりやすく、いずれ循環器病を発症する可能性が高いのです。
診察室の血圧値より家庭血圧値が高い「仮面高血圧」は、循環器病を発症する確立が高い
高血圧治療が始まったのは今から50年前で、特にこの20年間に優れた治療薬がたくさん開発され、非常に多くの方を救ってきました。実際、脳出血で死亡する人は激減しました。しかし、まだまだ多くの方が循環器病を発症していることも事実です。
そこで、今までの治療を見直したところ、診察室で測った血圧値だけで高血圧と診断するのは不十分だということが分かってきました。なぜなら、診察室で測った血圧が良好でも、働いている時や家庭にいる時、あるいは寝ている時に血圧が高い人がいることが分かってきたからです。
このような人たちを仮面高血圧と呼んでいます。さらに、仮面高血圧の人が循環器病を発症する確率は、普通の高血圧の方より高いことも分かってきました。そこで、24時間にわたってきちんと血圧をコントロールすることが、非常に重要であることが認識されてきたのです。
日本で最もよく使われている高血圧の薬は、有効性と安全性の高いARBとCa拮抗薬
高血圧の治療薬は、大きく4種類に分けることができますが(表2)、このうち2種類の薬が最もよく使われています。1つは、先に述べた塩分や水分を蓄える体内システムであるレニン・アンジオテンシン(RA)系に働いて血圧を下げるアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)。もう1つは、直接血管に作用して血圧を下げるカルシウム拮抗薬(Ca拮抗薬)です。
主にこの2種類の降圧薬がよく使われる理由は、共に降圧効果に優れ、副作用も少ないからです。さらに、ARBは糖尿病の発症を抑制するといった代謝を改善する作用、心臓や腎臓を保護する作用をもっていることも証明されています。また、Ca拮抗薬にも心臓病や脳卒中を予防する効果があることが明らかになっています。
しかし、高血圧患者さんの約60%は1剤の降圧薬では降圧目標を達成することができません。そこで、ARBとCa拮抗薬の併用療法が、最も多く行われているのです。
現在、ARBとCa拮抗薬にはさまざまな種類のものがありますが、それぞれ特徴をもっていることが明らかになりつつあります。そこで、より長時間にわたって血圧をコントロールできる第2世代のARB、より心臓や腎臓にやさしい第4世代のCa拮抗薬が注目されているのです。

朝の血圧を良好にコントロールすることが、 心筋梗塞、脳卒中、突然死の予防に
先に、24時間にわたって血圧をコントロールすることが大切だと述べましたが、その指標となるのが早朝血圧です。
健康な人の血圧は、寝ている間に下がって最も低い値を示し、起床後、活動を開始すると血圧は徐々に上がってきます。ところが、治療を受けていない高血圧患者さん、特に夜間に血圧が下がらない方、あるいは逆に夜間に血圧が上がる方がいます。また、夜間から起床前後にかけて急激に血圧が上昇する方がいます。いずれの方も早朝血圧が高くなります。このような早朝血圧が高い場合は、脳卒中、心筋梗塞、突然死を起こす可能性が高いことが知られています。
こうした状態には交感神経系の亢進が関与しており、「交感神経の嵐」と呼ばれ、非常に危険な状態です。そこで、治療によって早朝血圧を低く抑え、午前中に血圧が上がらないようにコントロールすることが大切なのです。
高血圧治療の重要な指標となる早朝血圧は、目覚めてから1時間以内、排尿後に測るのがポイントです。できれば就寝前にも血圧を測って、朝と夜の血圧値を記録して主治医に示せば、より的確な治療戦略を立てることができ、24時間にわたる血圧のコントロールが可能になります。
治療は医師だけが行うものではありません。患者さんが積極的に治療に参加することが最も重要です。そこで、毎日の早朝血圧値を記録し、決められた時間に処方薬をきちんと飲むことが大切です。加齢と共に毎日服用する薬の数も増えていきますが、最近は2種類の降圧薬を1剤にした配合剤も登場していますので、服用の負担はだいぶ減ってきたと思います。
治療を継続することで、 健康な時と同じように人生を楽しむことが
残念なことですが、高血圧を治す薬はまだありません。しかし降圧薬を飲み続ければ、正常血圧の方と同じように人生を楽しむことができます。
また、ヒトは血管から老いると言われています。どんなに健康な方でも加齢と共に血管は老いていきます。しかし、降圧薬のARBとCa拮抗薬には老いの原因の1つである活性酸素を除去して血管の老化を防ぐ作用もあることが動物実験で分かってきました。つまり、アンチエイジングにも働く可能性があるのです。
高血圧を始めとしたさまざまな病気になると、それまでの人生の楽しみを諦めなくてはならないと考えている方が多いと思います。確かに、心筋梗塞や脳卒中といった循環器病を発症すると制約が多くなることは事実です。しかし、高血圧を発症しても降圧薬できちんとコントロールできれば、生活面での制約はほとんどありません。ですから、高血圧の段階できちんと治療を行って、いつまでも人生を楽しんでいただきたいと思います。
by 檜垣 實男さん
愛媛大学大学院医学系研究科
病態情報内科学





